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2025年12月16日

住職の言いたい放題(79)『浄土門主 ありがたいお言葉』

こんにちは。住職の斉藤隆雄です。

私たちのお念仏信仰の理想的な姿を浄土宗のご門主、伊藤唯眞猊下は『愚鈍の身になして、念仏を専修(せんじゅ)していく』これを浄土宗の僧侶・檀信徒の理想像とお示しです。

これは宗祖法然上人のみ教えの真髄が説き尽くされている、ご遺訓でありご誓言の「一枚起請文」に示された『智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし』が元になっています。

キーワードは愚鈍と専修です。自分が愚鈍であることを認識して、お念仏を習慣として続けていくが大切です。

現在はインターネットが進展して多くの知識を簡単に獲得できます。簡単に「智者」になることができる時代です。「愚鈍」の自覚が持ちにくい時代です。しかし自身に多くの欠点や煩悩があることは間違いありません。

少し前までは伝統的に「旦那芸」がありました。ある程度偉くなるとお稽古事をしなければならないという決まりです 謡や義太夫や小唄をお稽古する 当然ながら師匠から叱られる 10年20年稽古しても相変わらず叱られる 社会的に偉くなって、誰からも叱られなくなった男たちに「自惚れるな、思い上がるな」という愚鈍の自覚を促す仕掛けがありました。

猊下は「愚鈍」の自覚には、日々の反省と共に人の言葉に謙虚に耳を傾ける姿勢が大切とお示しです。

「専修」とはお念仏を身につけることです。叡智的に理解することではなく、先ずは動作が先です。朝夕、お仏壇前でのお念仏もありがたいことですが、伊藤猊下は生活習慣の中にお念仏を取り込むことをお勧めされています。

毎日お散歩をされる方には車に気を付けてお散歩念仏を、花壇の手入れをされる方は草を取りながら草取念仏を、車を運転する方は注意しながら運転念仏というように、生活習慣の中に念仏を取り込んで励まれることが大切とお示しです。